教養について考える夜

「教養」って言葉を聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか?僕個人、教養とは、机に座って古典を読んだり古代ローマの歴史を学んだりしながら身につけていくものだと思っていました。要は「座学」のことですね。しかし最近教養についての記事や本を読んでいるうちに考えが少し変わってきました。教養とはなにか。重要そうな雰囲気を出しているこの言葉について考えてみました。

こんばんは。リバ邸渋谷住人の牛嶋です。最近週7でインターンして、帰り道にカフェで読書orプログラミングをするみたいな生活を送っています。ワーク=ライフのような生活ですが、当の本人は充実した毎日を送っていると思っているのでノンプロブレムです。

 

さて、「教養」が今回のタイトルです。最近教養に関する記事やら本やらを少し読んだため、教養について考えてみようと思いました。

そもそも教養ってなんでしょうか?

出口治明さんの言葉をお借りすると、教養とは「人生においてワクワクすること、面白いことや、楽しいことを増やすためのツール」と定義されます。もともと、僕個人の見解としては、教養とは「自分の可能性を広げるためのツール」だと思っていましたが、出口さんの定義された教養と本質はずれていないと思います。要は、教養を身につけたことにより、自分の見える世界が広がるのです。その結果として、人生が楽しくなったり可能性が広がったりするのです。

教養を身につけると人生がより楽しくなることは間違い無し。ではそのような教養を身につけるためにはどうしたらいいのか。またまた出口さんの言葉をお借りすると、教養を身につけるためには、「人・本・旅」をすることが重要みたいです。これには大変同意していまして、僕個人の人生を振り返って見ても、人から受けた影響、本からもらった価値観、旅によって受けた圧倒的な刺激は自分の人生に大きな影響を与えていますし、それらは自分の考える力、すなわち教養を育んでくれました。

慎泰俊さんは上記三つに「運動」と「芸術」を加えた説を提唱しています(正確には、上記三つのうち、「人」のことを「議論」と定義しています)。僕は芸術に関しては疎いのでよくわからないのですが、運動に関しては理解できます。運動をしている時に感じる気持ちは日常の生活にも大きな影響を及ぼしており、運動をしていた人は、現実の世界を比喩的に捉えることが可能になります。多分芸術に関する活動をやられている方も同じなんだと思います。

 

「人・本・旅・運動・芸術」。この5つが教養を身につけるために重要なものです。あとはこれらの手段を日常生活にどう取り組むかです。「本・旅・運動・芸術」については長期休暇等の空いている時間に取り組めばいいのですが、「人」に関しては難しいと思います。なぜなら、自分から積極的にアクションを起こさないと、自分の師となるような人と出会う回数は少なくなるからです(ここで述べている自分の師の定義は「自分より優れた能力を何か一つでも持っている人」のことです。そういう意味でいうと、人間皆自分の師になるのですが、より優れた師、たくさんの師にあうためにはその確率をあげなくてはいけません)。日本人は概して、同質の人が集まるコミュニティーを重視する傾向があるので、一旦その中に入っていってしまうとなかなか外の世界にでたがらない。そのため「人」に関するアクションを起こすためには少し勇気がいると思います。もちろん、同質のコミュニティーの中で自分の師となる人と出会えたならば、それは「人」から学べているということになるので良しです。しかしながら、会う人の数を多くすれば、より多くの師に出会うことができ、よりおおくのことを学ぶことが可能になります。ここで起こすアクションはより優れた師、たくさんの師にあうためのものであり、その確率を上げることが重要なのです。

 

少し話が逸れますが、コンサルタントとして有名な大前研一さんは、自分を変える方法について「時間配分を変えること。住む場所を変えること。そして付き合う人を変えること」が重要であるとおっしゃられています。最後の「付き合う人を変えること」は上記「人」に関連していますね。要は教養を身につける目的で「人」から学ぶ姿勢を忘れなければ、結果的に自分を変えることに繋がるのです。

 

さて、今回はここまでで。来月も本とか記事とかを読んで適当に考えたことを書こうかと思います。