近代文化における貨幣を読んで

こんばんわ。リバ邸に住むのもあと1ヶ月ほどの安藤です。今日はだいぶ前からまとめたいと思っていた本をこの場を利用してまとめていこうかなと思います。

 

ドイツの社会学者兼哲学者ジンメルが書いた「近代文化における貨幣」と言う考察で、中世と近代の世界を比較してお金の特徴を語っています。

だいたい30ページくらいで読みやすく中身の濃いもの担っています。なりよりも、ジンメルの言い回しの美しさがすごいです。

さて内容をまとめていきますが、まずジンメルは中世と近代の世界の比較をしています。

ジンメルは、中世の世界を即物的な世界、近代の世界を客観的な世界と表現しています。

これは中世においては、人は領地や村、封建的な組織や共同体に強制的に組み込まれていて、その中で生活をしていくことを定められてましたが、近代になると、個人はそれらから自由になり自立し、同時にそれらを個々人の支配から独立させたということです。

具体的に言えば、中世においてある工業組合に入るためには技術を持っていることはもちろんのこと、その中に入り込み一緒に生活をしていくのが普通でした。彼らは技術と同時に人格をかけてその組織に関わっていました。また、同時に協同組合も組み込まれている人たちによって定義されていました。しかし近代はそうはなりません。みなさんの知っている株式会社が生まれて、株式を保有することによって会社の一員になることができるようになりました。株式の保有者は人格、生活をかけなくていいどころか、その会社の技術を知らなくても会社の一員になることができますし、自分となんのゆかりもない会社の一員になることができます。自分と会社の境界を明確にすることで客観的に相対すことができるのです。

これがジンメルの言う即物的な世界と客観的な世界と大まかな違いとなります。ジンメルはここからこの2つの世界の変化の過程においてどう貨幣が世界に影響を与えたのかを考察していきます。

簡単にまとめると、客観的な世界になったのは、非人格的で無色透明な貨幣があらゆるところに媒介として入り込んだからであるとします。

お金の汎用性がより高くなり、いろんなものをお金で還元できるようになったために、今までお金以外でまかなっていたものをお金でまかなえば済むようになり、それによって即物的な関係が一旦貨幣によって絶縁されて、客観的になっていたと言うことです。

すごいざっくりですが、こんな感じです。ジンメルは他にも貨幣の統合性や目的性を事例を出して語っています。が、自分がまとめるよりも読んだ方がいいと思うので。割愛します。

 

最後に自分がすごいなと思った表現を引用して終わります。

「貨幣は何と言っても最終的な価値への橋渡しにしかすぎず、しょせん人間は橋の上に住むことはできなのだから」

「貨幣はあらゆる価値の絶対的に十分な表現となり、等価物となることによって、極めて抽象的なレベルにおいて対象のあらゆる多様性を超越する。そして、もっとも対立し合い異質で、かけ離れている事物が、その中で共通性を見いだし、互いに触れ合うことのできる中心点となる。」